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志村けんさん、長い間ありがとうございました。

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2020年3月29日、タレントの志村けんさんがお亡くなりになられて早1週間が過ぎました。この1週間、テレビ各局が志村けんさんを尊び、生前の志村けんさんの番組を取り上げたり、再放送したりしていることを目の当たりにし、改めてその偉業を実感しました。

4月1日、志村けんさんにむけた加藤茶さんの「弔辞」を早朝の通勤電車の中で拝見したときには、涙がとてもとても溢れてきて、前の座席に座っている人にバレないよう「あくび」をして必死に胡麻化しました。

身内の話をするのはどうかと思いますが、3年前父を亡くしたときに流した涙や感情ととても似ていました。

その理由は、生前の父が志村けんさんの番組が大好きだったこと、そして亡くなった父の笑った笑顔がどことなく志村けんさんと似ている気がして、志村けんさんに父の面影を感じていたところがあったからだと思います。

そしてもう1つ。私の少年時代が志村けんさんの笑いで溢れていたということ。志村けんさんは私の青春でした。

私が初めて志村けんさんをテレビで観たのは約30年前、小学生だったころ。毎週土曜午後8時00分に生放送でやっていた「8時だよ!全員集合!!」でした。

私と同じ世代の方々はきっとこの番組を通して、志村けんさんを大好きになったのではないかと思います。

 

いかりや長介さんが教師役で、志村けんさんを含む仲本工事さん、高木ブーさん、加藤茶さんの4人が生徒役の「学校コント」。

いかりやさんが看護婦長役、他メンバーは見習いの看護師役の「病院コント」。

いかりやさんが師範役、他メンバーが弟子役の「道場コント」。

いかりやさんが子沢山の母親役、他メンバーがヤンチャな子ども役の「家族コント」。

ドリフターズ5人で繰り広げられる数えきれないくらいのコントに、私はただただおなかを抱えて笑っていた小学生のうちの一人でした。

そしてどのコントでも私の中で毎回笑わせて頂いたのが志村けんさんと加藤茶さんのお二人の笑いの掛け合いでした。

真面目な役柄のいかりや長介さんをからかったり、笑いのネタにしたり、その中で生み出されいった数々のギャグは、小学生だけでなく当時知らない人がいないくらいインパクトがあって面白いものでした。

しばらくして「8時だよ全員集合」が終了し、次に続いたのが「加トちゃんけんちゃんごきげんテレビ」でした。

加藤茶さんと志村けんさんお二人の「探偵コント」。毎週新しいゲストが依頼人として登場、その依頼をコミカルに解決していくという番組だったと記憶しています。

この「加トちゃんけんちゃんごきげんテレビ」も当時小学生の間で爆発的な大人気番組でした。ドリフターズの他メンバーの方々には申し訳ない言い方になってしまいますが、一番面白いお二人がコント番組ということでもう「最強」のお笑いコンビでした。

小学校時代、昼休みや週末には「探偵ごっこ」と称して一番仲よかった友人と二人、加藤茶さんと志村けんさんのそれぞれの役柄になりきり楽しく遊んでいた記憶があります。

 

中学生くらいになると、長崎では日曜お昼ごろになると「だいじょうぶだぁ~」の番組をやっていたような気がします。

日曜日のお昼ごろ、髪をよく切りに行く近所の散髪屋さんの待合室にあった小さなブラウン管テレビから「変なおじさん」をよく観ていた記憶があります(^^♪

高校生になるとさすがにテレビを観る時間もなくなってきて、たまたまテレビをつけると「バカ殿様」をやっていたり、「ドリフ大爆笑」の再放送をやっていたりと、志村けんさんをテレビで観る機会は少しずつ減っていきました。

 

時代は移り変わり、私の好きなお笑いの方も「ウッチャンナンチャン」や「ダウンタウン」と移り変わっていきました。

それでも私の中の志村けんさんの存在は「別格」でした。志村けんさんがお茶の間に届ける笑いは大げさなところもあるのだけれど、だれも傷つけず、そしてだれもが楽しめる笑いで、志村けんさんでなければ辿り着けない独特のユーモアは、どのお笑いの方よりも私の中でずっと一番で「健在」でした。

 

志村けんさんは生前、新しいコントや舞台の企画をつくるときはいつも「悩ましい顔つきでずっと考えている」ということがここ数日放送されているどの番組でも言われていました。

そこにはきっと、志村けんさんが「人を傷つけない笑い」を妥協せず突き詰める姿勢が常にあったからだと私は思います。

 

志村けんさんのお笑いに対する情熱や姿勢をこうして感じてみると、志村けんさんの新しいコントや番組、そして俳優としての姿をもう二度と観ることができないことがとても悔しく本当に残念でなりません…

少年時代、そして青春時代を笑いで飾って頂いた志村けんさん、たくさんの笑いを、そして笑顔を本当にありがとうございました。

私たちは志村けんさんのことをずっと忘れません。

これからは私たちの心の中でずっと生きていて下さい。

そして時々思い出させて下さい。

「だいじょうぶだぁ~(太鼓3つ)」といって私たちを笑わせ、勇気づけ、支えて下さい。

志村けんさん、本当に長い間お疲れさまでした。心よりご冥福をお祈りいたします。

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